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泣いてたまるか~仁志敏久

横浜ベイスターズ 仁志敏久

不屈のリードオフマンは「今のこの思いを、口に出しただけで消えていくのはもったいない」とペンを執った。トレードで巨人から横浜に移籍した仁志敏久内野手(35)が、30日に迫った古巣・巨人との開幕戦(横浜)を目前にした心境を、サンケイスポーツにつづった。因縁、リベンジ…と周囲は騒々しいが、巨人で過ごした11年間を糧に再び飛躍を誓うベテランの心は、澄み切っている。
『人生いつ、何が起こるか分からないから頑張っておけよ-』

4年前、桑田真澄選手にかけられたこの言葉が、頭から離れない。当時、不振やケガに悩まされ、自暴自棄になっていた私にかけてくれたこの言葉が、思いがけず現実になった。ベイスターズのユニホームを着て、巨人を相手に迎える開幕は、1年前には想像もできなかった。だが今の私は、新天地での希望に満ちあふれている。

巨人での11年、さまざまな経験をしてきたが、指導していただいた監督やコーチ、OBの方々の教えは、最高の宝であると同時に、私を支えてくれる重要な柱となっている。プロに入った当初、守備コーチだった土井正三さんが、こんなことを言ってくれた。

「お前がランナーとしてホームに突っ込んだとき、絶対にアウトになってはいけない。お前がアウトになることでヒットにならない、打点がつかないということもある。中には生活がかかっている者もいる。お前がセーフだったらクビにならなかったかもしれない。タイトルをとれたかもしれない。そういうことだってあるかもしれない」

当時の私は1番を打ち、2番はバントの名人、川相昌弘選手。3番は常にタイトルを争う松井秀喜選手だった。必然的に作戦はバントが多かった。世界記録を作るほどの選手である。失敗はほとんどなくても、たまに甘いところへ転がることもあるかもしれない。それでも、アウトになってはいけないのだ。

速い遅いの問題ではない。問われているのはアウトにならないために、最善の努力をしたかどうかである。松井選手らのヒットや犠牲フライでホームに返るときなど、あらゆる場面に必要とされる。例えば守備の際、消極的なエラーや平凡なミスを犯せば、チームに悪影響を与えるだけでなく、ピッチャーをも苦しめる。自分が人を、またチームを窮地に追い込むことになる。結果はどうあれ、チームやチームメートに胸を張れるくらい、精いっぱいのプレーをしたのか。それが一番大事なのである。

横浜のユニホームがなじんできた仁志。開幕戦で古巣・巨人に恩返しする
2007年は、ベイスターズの存在感を見せつけ、浮上の1年目にしたい。チームスローガンである「なせば成る」とは、やればできるということ。このまま踏みつぶされているわけにはいかない。強い意志を持って立ち向かい、必ず勝者、強者になる。そうなれると信じている。

「外から見たベイスターズはどうだったか」と、よく質問された。きまって答えるのは、「若い選手が多い」ということだった。そしてもう一つ言えること。「優勝経験のある選手がごくわずか」なのだ。要するにそれだけ「勝っていない」「負けている」のである。「勝つ意味、勝たなければならない意味を、勝つことで感じよう」。これは、チームの一員として思うことである。

勝負の世界、勝つこともあれば、負けることもある。倒されても、すぐに立ち上がることができれば、再び挑むことができる。しかし、倒れている時間が長ければ、容赦なく踏みつぶされる。そうなりたくなければ、恐れることなく戦うしかない。

勝つためには「負けない」ことである。倒す前に、倒されないことである。攻撃の裏側にある防御というものも非常に重要なのである。続けて勝てるようになれば高い意識が芽生え、やがて負けないための知恵もつく。それらを基本として強くなれれば、先々にも生きる根幹となるだろう。

私は今年36歳になる。昨年巨人で経験した二軍での若手選手との時間、そして若い選手が多いベイスターズでのこれからの時間は、活気を蘇らせてくれる源であり、これからの人生に生かされる経験となる。

若い選手たちが毎日の練習や試合の中で何を考え、何を感じているのか。私自身が彼らの考え方や感じ方をどんな風に捕らえ、どう対処するのか。自分の考えをうまく伝えられるのか。彼らのためになれるのか。私の意思を押しつけるようなことは絶対にしたくはない。言い過ぎやお節介は不快感しか与えない。私の器量が試される。

私がもらったたくさんの言葉の宝を、自分だけの財産にするつもりはない。私の出したヒントで若い選手がのし上がってくれたら、こんなにうれしいことはない。ヒントをきっかけに同じ内野手が成長し、私自身が追い抜かれることになったとしても、それはそれで仕方がない。むしろ喜ぶべきだろう。若い選手に抜かれる時は必ず来る。実際にその時が来たら複雑かもしれないが、そんな小さな考え方は、誰のためにもならない。自分もそうして来たのだから、覚悟している。

右往左往した私の現役生活は、これからの時間にその意味が集約されているのだと思っている。多くの人に助けられ、多くの言葉に救われてここまでやってきた。

『人生いつ、何が起こるか分からないから頑張っておけよ-』

桑田選手の言葉の意味を、今はよく理解することができる。昨年、気持ちを切らさずやって来られたのも、この言葉に支えられてきたからである。大事な言葉を残してくれた先輩も、試練を乗り越え、38歳のルーキーとして海を渡った。

どんなときでも精いっぱい生きるべきである。必ず報われるときが来るはずだから-。

★心の揺れ素直に
仁志が今回の紙面のためにつづった草稿は、原稿用紙19枚に及んだ。その中にはトレードを待つ間の心の揺れも素直に振り返った。いくつか引用してみると-。




仁志がトレードを思い描き始めたのは昨年3月。願いはしても現実的になれなかった。

「ベテランの域に入る高年俸の選手となれば、現実的に相手探しだけでも容易ではない」

トレードが無理なら引退、と心に決めて巨人・清武球団代表との話し合いを重ねた。

「清武代表とは口論となることもあったが、私自身が介入できるはずもないのだから任せるしかない。(引退か移籍か)どちらに転んでもと思っていたはずだったが、いざとなると自分自身の弱さを痛感する」

待つ身のつらさを十分に味わうことになる。

「携帯電話に清武代表からの連絡が入った。“いい方向に話が進んでいるから”。知人たちとの外食の最中の出来事だったが、笑顔があふれる反面、涙を抑えることに苦労した」

崖っぷちを意識した昨年11月6日、トレードは成立した

http://www.sanspo.com/top/naite/naite_09.html

 仁志の頭の良さが伝わってくる文章ですね。横浜へ移籍で来るまでに色々なことがあったようです。横浜でも1番を期待されてますし、巨人時代と同等の仕事を期待します。
 引退まで考えていたとは意外でした。1年でも長く横浜にいて若手に守備や精神論を教えていって欲しいです。
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